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9月. 21.

「日本宣教のこれからが見えて来る」

山口陽一 東京基督教大学教授
第6回日本伝道会議では、「日本宣教170➣200」のプロジェクトリーダーをさせていただきました。この企画は、日本福音同盟(JEA)宣教委員会と東京基督教大学日本宣教リサーチ(JMR)が協力し、日本宣教に必携の「データブック」を出版するものです。2016年はベッテルハイムの琉球伝道から170年。私たちは沖縄の教会の課題を共有していることを「170」に込め、「➣」は「to」と読み、「200年」に向かう今後30年の宣教を展望しています。このデータブックの題が『日本宣教のこれからが見えて来る』です。
1章「日本宣教170年の推移と展望」で日本宣教を振り返り、2章「日本社会と宣教」で日本宣教の根本問題を扱った後、特にこの30年の著しい変化に注目します。3章「都市と地方の問題」、4~6章の「ディアスポラ宣教関係」、7章「子ども・青年・家族」は、日本伝道会議の各プロジェクトとリンクしており、その協力を得て編まれています。8章「神学校」、9章「メディア伝道」もあります。最後の10章「震災と信仰調査」は、JMRと被災地宣教研究所のプロジェクト報告の抜粋です。
子どもプロジェクトが実施した独自のアンケート調査をはじめ、各プロジェクトに関連する基礎データが各章にまとめられており、「日本伝道会議の共通資料集」の役割を果たしています。構成としては、各章の冒頭に各テーマに対する「課題と展望」が示され、その後に関係する「データや事例、調査結果」が提示されます。そして、さらに「コラムと提言/論説」が加味される構成になっています。また、データに表しにくい実情を補っていただくために、宣教最前線で活躍する方々にコラムの執筆をお願いしました。
キリストの教会のリアリティーがすべてここにあるとは思いませんが、「あなたがたの現状をよく考えよ」(ハガイ1章7節)には、役に立つと思います。

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8月. 22.

「傷から湧き出る泉」

吉川直美 シオンの群れ教会 牧師
聖契神学校講師
神学校で「霊性の神学」というクラスを教えるようになってから8年目を迎えています。1年間の講義のうちの大半は、それぞれの生育歴からもたらされた心の傷や、それによる人間観・神観の歪みを取り扱います。これから教会に仕える人々にとっては、欠かすことのできない作業になります。手当を受けずに放置され隠された傷は、知らない間に膿んで、自分自身や他者を蝕む不安と恐れの源となってしまうからです。それは「おまえなど価値がない」、「価値があるところを見せろ」という呪いの言葉の温床ともなり、「あなたはわたしの愛する子」との父の呼びかけ─あるいは「平安あれ」という主イエスの祝福の言葉に耳を閉ざさせ、神と隣人を自分自身のように愛しなさいという祝福の命令を実現不能なものにしてしまいます。
しかし主イエスは、人格の深部にまで及ぶ一般的には回復困難な傷にも手を伸ばされ、汚れを洗い流し、無防備な真実の「私」を主の赦しの衣で覆ってくださるのです。それは必ずしも心理的な癒しや問題解決を意味しません。いえ、それよりはるかに本質的な回復をもたらしてくださいます。主イエスに手当てされ覆われた傷は、キリストの香りを放ち、他の人々を主の十字架の傷─その存在の中心へと招きます。自分や他者を痛ませていた傷こそが、主イエスのいのちの湧き出る泉となり、自分と他者の傷を癒す源になり得るのです。
そのためには、身に付けていた様々な武器を手放して、無防備で不安な子どもの自分に出会わなければなりません。このとき必要な存在が霊的同伴者、クラスの仲間です。無防備な互いを受け入れあう─すなわち互いの足を洗いあう体験を通して、それぞれの共同体(教会)にもこの祝福を分かち合う者として遣わされていきます。
私は5月に娘を天に送りました。耐え難い喪失の痛みと悲しみの中にあって、これまで同伴してきた傷によって私自身が覆われていることを知りました。今、私が希望を見出しているのはこの痛みもまた、主イエスに覆われて、誰かを潤す泉となるであろうということです。

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